札幌高等裁判所 昭和56年(ネ)58号 判決 1982年5月27日
控訴人
大井梅吉
被控訴人
徐肖奇
外二名
主文
原判決を取消す。
本件を札幌地方裁判所室蘭支部に差戻す。
事実並びに理由
一控訴人の不服申立の要旨は、(1)原判決は控訴人が再審事由を知つた日から三〇日を経過して再審の訴を提起した旨をいうが、判断を誤つている。控訴人が再審事由を知つたのは昭和五五年四月二〇日頃である、(2)控訴人は民事訴訟法四二五条に該当する事由を主張しているのに原判決は、これを否定しているのは違法である、(3)その他原判決には違法がある、というものである。
二よつて案ずるに、本件再審事件とその本案事件(札幌地方裁判所室蘭支部昭和四七年(ワ)第一七号、同五一年(ワ)第一一〇号所有権移転登記抹消登記手続請求並びに建物所有権確認等請求当事者参加事件)の各記録を総合すると、
1 控訴人は、昭和五五年五月五日本案事件の確定判決(昭和五四年一二月一一日言渡、同月三〇日確定)に対する本件再審の訴を(住居などを全く記載することなく、しかも本案事件の承継前の当事者名のみを記載したままで)原裁判所に提起し、同年一一月三日にはこれについての準備書面を原裁判所に提出したものであるところ、その再審訴状では、いかなる再審事由をもつて不服理由とするかが明らかにされていない(論旨が混沌として趣意を捕捉できない。)けれども、右準備書面では、抽象的で不明確な点を残してはいるが、一応民事訴訟法四二〇条一項一号ないし四号及び七号の各再審事由をもつて不服理由とすることを窺わせる記載(不服理由の記載として具体的事実を欠き不完全ではあるが、不服理由の記載を全く欠如しているのとは異なつて、欠缺を補正することができないわけではない)がなされていること。
2 しかるに原裁判所(または、その裁判長)は、前記住所、氏名等の不備もしくは右不服理由につき補正を命ずることなく、しかも右再審訴状や準備書面を再審被告らに送達することなく、昭和五五年一二月一六日判決言渡期日を指定して、同年一二月二六日、控訴人が不服理由として主張するところは、いずれも本案事件判決の確定前に生じしかも民事訴訟法四二五条には該当しない事由であるところ、再審の訴を提起した者は、再審事由が判決確定後に生じた場合でない限り、判決の送達を受けたときに再審事由を知つたものと解されるから、本件再審の訴は、その再審事由を知つた日から三〇日以上経過してから提起されたものとして不適法であり、その欠缺は補正することができないとの理由により、これを却下する旨の原判決を言渡したこと
がそれぞれ認められる。
三再審の訴訟手続には、その性質に反しない限り、各審級における訴訟手続に関する規定が準用される(民事訴訟法四二三条)ところ、一般的に訴訟要件の存否については、被告にも、その不存在を主張して訴却下の裁判を求める利益があるとともに、その存在を主張して請求棄却の実体上の裁判を求める利益もあると解されるから、第一審裁判所が、訴訟要件の不存在を理由に訴却下の裁判をなす場合には、口頭弁論を開くことは要しない(同法二〇二条)にしても、少なくとも訴状送達が法的にすることができないような場合は別として、被告に対し予め訴状の送達をなすことを要し(同法二二九条)、かつこの理は再審の訴においても変りがないというべきである。
ところが原裁判所は、再審当事者の住所等の補正を命ぜず(なお、住所等は当審における昭和五七年四月二四日付、同月二八日受付の準備書面(第一回)により補正された。)、また再審訴状の送達という手続を履践しないまま、本件再審の訴を訴訟要件欠缺(同法四二四条一項所定の三〇日の再審期間の経過)を理由に不適法として却下したものであつて、この点において原審の訴訟手続は違法というべきである。なお前記事実から推測すれば、原審は、訴却下の判決の正体を再審被告らに対し送達するつもりはなかつたものと推認される。しかし一般に口頭弁論を経ないでなされた訴却下の判決にしても、その正本を被告に送達して被告に実体上の判断を経る利益を保護する必要があることは前記のとおりである。そして、再審訴訟においては、再審事由の存否等についてその実体に応じた判断を受けるべき機会は実際上少ないにしても、なお右の利益は保護されるべきである。
また原判決は、控訴人提出の前記準備書面の記載から窺える再審事由についても判断したものと解される(右準備書面は、原判決言渡前に提出されているから、少なくともその提出時に右再審事由についての再審講求がなされていたというべきであつて原判決の記載全体の趣旨からみてその点の判断をしない旨の判示が窺えない以上、その再審請求についての判断を省略したものとはみられない。もつとも、前記準備書面の冒頭部に不陳述なる印が押されているが、口頭弁論を開いていない以上訴状などの陳述がされ得ないから、右押印は無意味というの外ない。)ところ、これらの再審事由のうちには、本案事件判決の送達を受けたことにより当然再審事由を知つたものとはみなし得ないもの(民事訴訟法四二〇条一項一号ないし四号及び七号該当事由)や再審事由を知つたからといつて直ちにその日から三〇日の再審期間が進行するとはいえないもの(同項四号及び七号該当事由、この場合同条二項の事由をも知つた時から進行する。)が含まれているから、原裁判所(または、その裁判長)としては、控訴人に対しその不服申立事由に該当する具体的事実について補正を命じ、正当に補正に応じたときにはその事実の存否を判断し、そうでないときは補正に応じないものとして判断すべきところ、その補正を命ずることなく、具体的な認定に基づかないで、直ちに右再審期間が経過したと判断し、これを理由に本件再審の訴を不適法として却下する原判決を言渡したものであつて、これには、なすべき補正を怠り、かつ判断を誤つた違法があるというべきである。なお、前記再審訴状および準備書面の記載によれば、判決の効力は受けるが再審被告となりうるか疑問の存する者も再審当事者として表示されているから、果して再審当事者として提訴したかどうか、提訴したとしてその適格を有するかどうかについても更に審理を尽くす必要があると認める。
四よつて本件再審の訴を不適法として却下した原判決は、前述した諸点において違法であり、改めて第一審裁判所に当初からの必要な手続と判断をなさしめるのが相当であるから、民事訴訟法四二三条により、かつ三八八条、三八九条の各規定を準用し、原判決を取消したうえ本件を原裁判所に差戻すこととし(なお控訴審においては口頭弁論を開かないで判決をすることができるのは本来同法三八三条の場合(若しくはこれに準ずべき場合)に限定されているところ、これらは原審が所定の訴訟手続を履践した場合において適用されるものであり、前述したように、本件では原審において法の予定する手続を履践せず、被控訴人らに対する関係で再審訴状が送達されておらず未だ訴訟係属を生じていないという特別な事情があり、かつ原判決を差戻すことにより第一審の再審訴訟手続を当初から改めてなすべきことを命ずるにとどまるから、被控訴人らの利益を実質的に害することはないので、当審においては控訴状を送達せず、かつ口頭弁論を開かないままでも適法に原判決を取消して差戻すことができるものと解する。)、主文のとおり判決する。
(奈良次郎 藤井一男 喜如嘉貢)